近代建築の祖 Ludwig Mies van der Rohe

橘川雄一
ミース・ファン・デル・ローエ

積水ハウスシャーメゾンCA道場(主任建築士)という集まりで2014年に私は講演をした。私の師は前川國男、コルビュジエ事務所に行き日本人として初めてコルビュジエ精神を学んだ建築家である。私はCAの方々に“コルビュジエの精神と前川國男の建築との関係”を話した。最後にCAの中での設計デザインコンペでの最優秀賞を取られた方に副賞として“ロンシャン礼拝堂-コルビュジエとのダイアログ(対話)”というタイトルで建設途中の礼拝堂写真をまとめた本をお渡しした。

私の講評と表彰式で「私は今日の講演でコルビュジエ、コルビュジエと、何回も言ったのでこの写真集をお渡しする。ただ最近の日本の建築の流れを見るとコルビュジエと言うよりミースの思想の方が色濃く反映しているように思う」と結んだ。

ガラスのスカイスクレーパー案

私は建築を学び始めた1970年代からミースのあのストイックな感じが妙に好きだった。常識としては“近代主義”と言うとコルビュジエ建築を第一にいうが、私は、日本人が持つ近代主義からくる形態は、コルビュジエ起源と言うよりむしろミースが近いように感じていた。“造形力溢れる”と言うより“強い論理性”が日本人に合う感が強かったからである。

ミース・フォン・デル・ローエの事を簡単にまとめるとミース(1886–1969)は、20世紀のモダニズム建築を代表する建築家。1944年にナチを逃れてアメリカに渡った。アメリカシカゴで才を発揮し、ル・コルビュジエ、ヴァルター・グロピウスと共に、近代建築の三大巨匠と、わたしの学生時代は言われた。

ミースのスケッチ

ミースの透明感の強い建築の原点を探るのに最も相応しいのは、ヨーロッパの重い石造の街の中にスパッと描く“ガラスのスカイスクレーパー案”。私はそのスケッチに強いインパクトを受けた。“何故外装がガラス”なのか直ぐに理解できた。後年伊東豊雄が「ミースの唯一の傑作」と言ったのを聞いたが、「唯一」かは分からないがそう言い切る気持ちは理解する。

イリノイ工科大学クラウンホール

わたしがアメリカ・シカゴに行き直接見た作品はイリノイ工科大学クラウンホール、レイクショアドライブ・アパートメント、ファンズワース邸。みな単純極まりないが、やはりプロポーションが綺麗なのとプランが理性的なので、直接見ると納得感がある。歴史的名建築なのは理解する。レイクショアドライブ・アパートメントは、今でも入居は列をなして待っている状態と邦雑誌で語られていた。

バルセロナ・パビリオン

あれ程ストイックなミースが感性丸出しで作った名建物がある、バルセロナ・パビリオン。1929年のバルセロナ万国博覧会のドイツ館として建設されたが用途はスペイン国王を迎えるためのレセプションホールである。また同時に設計した家具モダンデザインの傑作として知られている“バルセロナ・チェア”。ミースの作品で、バルセロナの建築と家具だけはデザインに、思い詰めたまでの“教義性”から離脱しているように、わたしは感ずる。素直に“美しい”と思う。